音羽山 清水寺(京都市東山区)

 清水寺は、778年に僧延鎮が開山し798年に坂上田村麻呂が仏殿を建立したと伝えられている。本堂は音羽山の急峻な崖に建築され、本堂から張り出した「舞台」の高さは約13メートルで4階建てのビルに相当します。これは「懸造り(かけづくり)」と呼ばれる日本古来の伝統工法で、格子状に組まれた木材同士が支え合い建築が困難な崖などでも耐震性の高い構造をつくり上げることを可能にしている。舞台を支えているのは、床下に建てられた18本もの柱で、樹齢400年以上の欅を使い、大きいもので長さ約12メートル、周囲約2メートルを超える柱が整然と並び、その縦横には何本もの貫が通されている。木材同士をたくみに組み合わせたこの構造は「継ぎ手」と呼ばれ、釘を1本も使用していないそうだ。現在の舞台は1633年に再建されたものです、この舞台は清水寺の御本尊である観音さまに芸能を奉納する場所。古くから雅楽や能、狂言、歌舞伎など日本の伝統芸能がこの場所で演じられてきました。現在の建物の多くは、徳川家光の寄進によって再建されたものだそうだ。なお、音羽山中腹には30近い堂塔伽藍が並んでいる。

・境内案内(音羽山清水寺HPより抜粋)
仁王門
清水寺の正門。1467~1477年の戦によって焼失したが、16世紀初め頃に再建され、平成15年に解体修理された。再建当時の特徴を示す楼門である。
清水門参門.JPG
本堂
音羽山の断崖に建つ清水寺の本堂。1633年に再建された木造建築。本尊の千手観音菩薩をお祀りされ、日本古来の伝統工法による丈夫な構造で、多くの参詣者で賑わう舞台を支えている。
清水の舞台4.JPG
鐘楼
平安期に建造され、江戸時代中期の1607年に現在の場所に再建・移築された。桃山建築様式の粋を凝らしたつくりで、牡丹彫刻の懸魚や、菊花彫刻の蟇股、四隅の柱の先にある獏と象の木鼻などが見所。
清水寺鐘楼.JPG
三重塔
高さ約31メートルで、国内最大級の三重塔。京都の街からよく望見できることから、古くから清水寺のシンボル的な存在。創建は847年で、現在の建物は江戸時代の1632年に再建されたもの。大日如来像が祀られ、四方の壁に真言八祖像、天井・柱などには密教仏画や飛天・龍らが極彩色で描かれている。
清水寺三重塔.JPG
随求堂
1718年の再建で、大随求菩薩を本尊として祀られ、縁結び、安産、子育ての神仏もお祀りされている。ここでは、胎内めぐりを体験することができる。
清水寺随求堂.JPG
経堂
1633年の再建で、平成12年に解体修理された。平安時代中期には一切経を所蔵し、全国から学問僧が集まる講堂として栄えてきたが、それ以降は記録から消え、現在その一切経は伝来してきていない。堂内には釈迦三尊像をお祀りし、鏡天井に江戸時代の絵師・岡村信基筆の墨絵の円龍が描かれている。
東福寺経堂.JPG
阿弥陀堂
江戸時代初期の1631年の再建。浄土宗の開祖・法然上人が日本で最初に常行念仏道場とした場所であることから、法然上人二十五霊場第十三番札所として多くの参拝者が訪れる。本尊は阿弥陀如来で、入母屋造り、桟瓦葺の建築様式。
清水寺阿弥陀堂.JPG
奥の院
「音羽の瀧」の真上に建ち、現在の建物は本堂と同時期の1633年に再建された。本堂と同様の懸造りで、平成29年に修復が完了した。
清水寺奥の院.JPG
音羽の瀧
清水寺の開創の起源であり、寺名の由来となった瀧。こんこんと流れ出る清水は古来「金色水」「延命水」と呼ばれ、清めの水として尊ばれてきた。3筋に分かれて落ちる清水を柄杓に汲み、六根清浄、所願成就を祈願する。
清水寺2.JPG
拝観時間   6:00~18:00
拝観料    400円
交通アクセス 京都市営バス「清水道」・「五条坂」下車徒歩約10分

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