小諸城跡(懐古園)

 小諸城は、武田信玄のころ山本勘助らにより現在の縄張りとし、豊臣秀吉天下統一のとき小諸城主となった仙石秀久により完成されたお城。全国的にも珍しい城下町より低い穴城で、浅間山の火山灰で出来ている谷と丘を利用して造られており、崩れやすい断崖が堅固な要塞となっていた。明治4年の廃藩置県で廃城となったが、その後小諸藩の元藩士らによって明治政府から買い戻され、大正15年に近代的な公園に生まれ変わり、現在は市営公園小諸城址懐古園として整備されている。
小諸城址.JPG
三の門
1596年~1623年に、仙石秀久によって創建された。1742年に千曲川流域を襲った「戌の満水」のとき、城下を流れる中沢川などの土石流により城下町の一部と共に流出しました。その後、1765年に再建された。
懐古園入口.JPG
大手門
1596年~1623年に、小諸城の正門として、仙石秀久によって創建された。華美な装飾をはぶいた質実剛健な建築は、東日本を代表する大手門建築の一つ。明治期には民間に払い下げられ、料亭や小諸義塾の仮校舎として使用されていたが、平成に入って小諸市に寄贈された。その後、約5年をかけ平成の大改修、復元修理を経て仙石秀久による創建当時の姿に甦っています。
小諸城大手門.JPG
懐古神社
小諸城は明治4年の廃藩置県で廃城となり、明治政府が民間に払い下げることになります。小諸城が荒廃していく様を憂いた小諸藩の元藩士らが資金を集め、小諸城三之門より城内を買い取った。そして、本丸跡に祀ったのが懐古神社です。紅葉ヶ丘に城の鎮守神として祀られていた天満宮(菅原道真公・天神様)と火魂社(火之加具土命・荒神様)、及び、歴代の小諸藩主の霊が合祀されている。
懐古神社.JPG
徴古館
江戸末期、明治時代の廃藩置県まで小諸藩主であった牧野家や藩士らに伝わる文化財を中心に甲冑、刀剣などの武具、着衣、古文書などが所蔵されている。特に小諸藩主牧野家の家宝として伝えられてきた「喜内様(徳川家光)・お福様(春日局)の木像」は日光東照宮の「眠り猫」でも有名な、彫刻職人の左甚五郎によるもの。勝海舟、山岡鉄舟、伊藤仁斎の書なども所蔵されている。田畑を耕した農具から、養蚕具や機織りに関係する道具、商家で使った大福帳や大そろばんなど、むかし懐かしい品々の展示コーナーになっている。
懐古会館.JPG
小諸市立藤村記念館
島崎藤村が小諸義塾に赴任し、小諸で過ごした期間、明治32年から明治38年の間に執筆された作品を中心に紹介されている。記念館には藤村の小諸時代を代表する作品の初版本や当時の愛用品などが展示されている。収蔵品は、市内の遺跡から発掘・出土した品々や、市民及び小諸にゆかりの深い皆さんからの寄贈品等による実物展示を主としていますが、模型や映像による解説も行っている。展示してある武具、調度品は小諸藩主牧野家ゆかりの品々で、甲冑「赤坊主」は福島正則の旗下精鋭20騎が着用してつねに先陣を競った鎧だそうだ。
藤村記念館.JPG
小諸市立郷土博物館
小諸市の自然、歴史、生活文化についての資料を展示されている。また、城下町・宿場町・商業の町として栄えた小諸の歴史を実物展示を通して知ることができる。
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こもろ寅さん会館
渥美清・山田洋次監督の関係資料や秘蔵写真を展示されている。小諸は「男はつらいよ」シリーズ第40作、「寅次郎サラダ記念日」で舞台になっている。館内では、その「サラダ記念日」特集・シリーズ全作ポスター・寅さん衣装一式・山田洋次監督コーナー等、寅さんから、俳優渥美清のすべてを見ることができる。
こもろ寅さん会館.JPG

開園時間    9:00~17:00
入園料(共通) 大人500円、小中学生200円
交通アクセス しなの鉄道小諸駅からすぐ

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