宮津城跡

 1580年に、細川藤孝・忠興父子によって築かれたお城。丹後守護の一色義道がこの地を支配していたが、丹波を平定した織田信長の家臣である明智光秀と細川藤孝が丹後へ侵攻し、丹後南半国が細川藤孝の所領となった。その後、細川藤孝は宮津城を築城し、勝龍寺城をでて居城とした。1600年に関ヶ原の合戦では、細川藤孝の子である細川忠興が徳川家康に従い会津の上杉征伐に参陣していたため、石田三成の西軍方に攻められ、自ら城を焼き払ったと言われている。関ヶ原の合戦後、宮津藩主となった京極高広により再建されたが、明治の廃城により多くの遺構は取り壊され、当時の面影は全く残っていない。
・宮津城跡
宮津城跡.JPG
・宮津城の石垣
宮津城の石垣.JPG
見学時間   いつでも
見学料金   無料
交通アクセス 京都丹後鉄道宮津駅から徒歩5分

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