テーマ:観光情報

音羽山 清水寺(京都市東山区)

 清水寺は、778年に僧延鎮が開山し798年に坂上田村麻呂が仏殿を建立したと伝えられている。本堂は音羽山の急峻な崖に建築され、本堂から張り出した「舞台」の高さは約13メートルで4階建てのビルに相当します。これは「懸造り(かけづくり)」と呼ばれる日本古来の伝統工法で、格子状に組まれた木材同士が支え合い建築が困難な崖などでも耐震性の高い構造…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

出石家老屋敷(豊岡市)

 出石家老屋敷は、仙石騒動の中心人物である仙石左京の屋敷があった場所。出石の歴史・文化を後世に伝えるため平成2年に開館し、館内には豊岡市指定民俗文化財の大名行列槍振りの諸道具を展示している。白亜の土塀と長屋門のある屋敷で、屋敷の外観は平屋建に見えるが、内部には隠し階段が仕組まれた2階建。二階は刀を使い難くするためか天井は低く造られ、屋根…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

出石城跡(豊岡市)

 出石城は、1604年に小出吉英が有子山山麓に建築したお城。平地に堀で囲まれた三の丸が築かれ、下郭、二の丸、本丸、稲荷丸が階段状に築かれている。そして、この出石城の築城とともに城下町が整備され町並みが形成されたそうだ。明治の版籍奉還まで、小出氏、松平氏、仙石氏と城主を変えながら続き、明治時代の廃城令によって建物は全て取り壊されたが、現在…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

田辺城跡(舞鶴市)

 田辺城は1582年の本能寺の変の後、隠居したが住む城として伊佐津川と高野川に囲まれた平野部に築かれたお城。1578年に、織田信長の命によって守護大名の一色義道を打ち丹後を制圧した細川幽斎は、丹後国を与えられ宮津城を居城としていたが、京都に近く交通の要所であったこの地に新たに城を構えた。また、関ヶ原合戦では東軍(徳川家康方)についたため…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

舞鶴市政記念館(舞鶴市)

 舞鶴市政記念館は、旧海軍の倉庫として平成14年に建造された、れんが造の倉庫で、終戦まで砲銃庫として使用されていた。戦後は、市役所の第二庁舎などとして使用されたのち、平成6年に歴史や文化とふれあう、出会い、交流の場としてオープンした。 館内案内 1F 総合案内、多目的ホール、赤レンガカフェ、トイレ 2F 展示コーナー、事務所 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

赤レンガ博物館(舞鶴市)

 赤れんが博物館は、明治36年に旧舞鶴海軍の魚雷の倉庫として建設された建物を利用した博物館。鉄骨とれんがを組み合わせた建築物として、日本に今もある建物として最も古いものといわれている。世界初の「れんが」をテーマとした博物館で、世界各国のれんがやその歴史などを展示している。 <館内案内> 1F ・世界のれんが  れんがの歴史は、今…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

天橋立(宮津市)

 天橋立は、陸奥の『松島』や安芸の『宮島』とともに、日本三景と称されている特別名勝のひとつ。宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる幅約20~170m、全長約3.6kmの砂嘴で、一帯には約8000本の松林が広がり、その東側には白い砂浜も広がっている。人が逆さになって見ると、天に架かる橋のように見えることからこの名がついた。天橋立は、展望所から…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

宮津城跡

 1580年に、細川藤孝・忠興父子によって築かれたお城。丹後守護の一色義道がこの地を支配していたが、丹波を平定した織田信長の家臣である明智光秀と細川藤孝が丹後へ侵攻し、丹後南半国が細川藤孝の所領となった。その後、細川藤孝は宮津城を築城し、勝龍寺城をでて居城とした。1600年に関ヶ原の合戦では、細川藤孝の子である細川忠興が徳川家康に従い会…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

福知山城跡(福知山市)

 1579年に、丹波を平定した明智光秀が築城したお城で、丹波の拠点として新たに城を築いたのが始まりとされている。明治時代のはじめに廃城令で取り壊され、 石垣と銅門番所だけが残されていた。その後、市民の瓦1枚運動などの熱意によって3層4階の天守閣が、 昭和61年に再建された。天守閣の内部はの、福知山の歴史を紹介する郷土資料館となっている。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

二条城(京都市中京区)

 二条城は、徳川家康が1603年に天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするために築城。1867年には、15代将軍慶喜が二の丸御殿の大広間で「大政奉還」の意思を表明した、歴史的にも重要なお城。二の丸御殿、二の丸庭園、唐門など、約400年前の文化の遺構を見ることができる。  以下の説明は、二条城をホームページを参考にしている。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

天龍寺(京都市右京区)

 天龍寺は、1339年に足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓国師を開山として創建した禅寺。造営に際し、足利尊氏や光厳上皇が荘園を寄進したと言われている。方丈裏の庭園は、嵐山、亀山を背景とした池泉回遊式庭園で見どころの一つになっている。 以下、説明文は天龍寺のホームページから抜粋。 ・法堂  1864年の兵火にて焼失、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

野宮神社(京都市右京区)

 野宮神社は、野宮大神(天照皇大神)をご祭神として祀る神社で、創建は不明。野宮の場所は天皇の御即位毎に定められ、当社の場所が使用されたのは平安時代のはじめ嵯峨天皇皇女仁子内親王が最初とされている。野宮は、天皇の代理で伊勢神宮にお仕えする斎王が伊勢へ行かれる前に身を清められたところで、後醍醐天皇の時に南北朝の戦乱で廃絶するまで続いた。その…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

渡月橋(京都市右京区)

 渡月橋は、桜や紅葉の名所として知られる嵐山を流れる大堰川(桂川)に架かる橋。834~848年に、僧である道昌が架橋したのが最初である。亀山上皇が、橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と感想を述べたことから渡月橋と名付けられたそうだ。なお、現在の橋は、昭和9年に完成したもの。 営業時間   いつでも 観…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

田縣神社(小牧市)

 田縣神社の創建は不明だが、807年に編纂された古典『古語拾遺-御歳神の条-』に記載されていることから、かなり古くから存在する神社。ご祭神は、御歳神(農業をつかさどる神)と玉姫命(子孫繁栄の神)で、「子孫繁栄」「五穀豊穣」のご利益があり、商売繁盛や、良縁、子宝・安産祈願などに多くの人が訪れる。また、境内には男性のシンボルの形をした石や岩…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

浜松市姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館(浜松市北区)

 「浜松市姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館」は、姫街道を通行する旅人たちの使った道具や鑑札などのほか、町内から発見された銅鐸など考古資料類、浜名湖の漁業や遠州畳表などの産業に関するものまで幅広く展示されている。出土した銅鐸7点や、畳表として生産された藺草にかかわる資料、屋外には移築した「産屋」がある。  1階展示 「浜名湖の囲目網漁」と「…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

本陣前公園(浜松市北区)

 本陣前公園は、気賀宿の本陣があった場所の斜め前に、平成9年に建設された公園。そもそも気賀の町は、徳川家康の家臣である本多作左衛門重次により1587年に創られた宿場町で、古くからあった街道も整備され姫街道と呼ばれるようになり、東海道の脇街道として賑わうようになったそうだ。その後、1601年に徳川家康によって気賀関所が創設され、江戸の取り…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

二俣城址(浜松市天竜区)

 二俣城は、戦国時代の初頭に今川氏が築いた城館がはじまり。天竜川と二俣川の天然の堀に挟まれた、遠江攻略の要地に建つ堅牢な山城で、今川氏が衰えたあと、徳川家康と武田信玄が激しく攻防していたしょが、長篠の戦い後に徳川家康の所領となっている。また、悲劇の舞台となった場所でもあり、1579年に織田信長のもとへ家康の嫡男信康と正妻の築山殿が武田に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

月夜見宮(伊勢市)

 月夜見宮は外宮の別宮で、「天照大御神」の弟神である月夜見尊が祀られている。内宮の別宮である月讀宮と同じ祭神で、月夜見尊と月夜見尊荒御魂を一つの社殿に合わせて祀られている。月夜見宮は、伊勢市の中心に鎮座しますが、古くは高河原と呼ばれ川の流れと農耕に深いつながりのあるお社で、鎌倉時代のはじめの1210年(土御門天皇の時代)に別宮に昇格した…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

月讀宮(伊勢市)

 月讀宮は内宮の別宮で、天照大御神の弟神である月讀尊(月の満ち欠けを教え暦を司る神)、月讀尊の魂を祭神とする月読尊荒御魂、伊弉諾尊、伊弉冉尊がご祭神として祀られている。創建は不明だが、804年の桓武天皇の時代には、祀られていたそうだ。なお、月讀宮、月讀荒御魂宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮の4社を合わせて月讀宮と呼ぶ。 拝観時間   1…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

猿田彦神社(伊勢市)

 猿田彦神社は、猿田彦大神の子孫である宇治土公宮司家が邸内社として猿田彦大神と大田命を祀ったことか始まりで、現在のような社殿を創建したのは明治時代に入ってからだそうだ。猿田彦大神とは、ものごとの最初に御出現になり万事最も善い方へ“おみちびき”になる大神で、高千穂に瓊瓊杵尊を御案内した後、天宇受賣命と御一緒に本拠地である「伊勢の狭長田五十…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

熊野那智大社(和歌山県那智勝浦町)

 熊野那智大社は、神日本磐余彦命の東征が起源で、紀元前662年に神日本磐余彦命の一行が丹敷浦(現在の那智の浜)に上陸し、一行が光り輝く山を見つけ、その山を目指し進んで行ったところ、那智御瀧を探りあて、その瀧を大己貴命の現れたる御神体として祀られた。その後、熊野の神々が光ヶ峯に降臨し、御滝本にお祀りしていたが、仁徳天皇が山の中腹にあらため…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

黒部ダム(富山県立山町)

 黒部ダムは、黒部川最上流に建設されたアーチ式ドーム越流型ダムで、186mの高さから毎秒10t以上の水量で放水される姿は豪快そのもので、放流されるダムの高さは日本一。建設工事は、そのスケールの大きさと困難さから「世紀の大事業」と呼ばれた。毎年6月26日から10月15日の間は、黒部ダムから観光放水を行っている。平成25年6月に、完成から5…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安曇野市豊科郷土博物館(安曇野市)

 安曇野市豊科郷土博物館は、昭和54年に開館した郷土博物館で、安曇野の自然、歴史、民俗、芸術等の幅広い分野の資料が展示されている。1階展示室では、「安曇野をめぐる水と私たちのくらし」をテーマにした常設展示が行われており、農具や稲作の様子など、水との関わりあいついて、上流から下流に流れる水の流れに沿った展示で紹介されている。2階には企画展…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

安曇野市豊科近代美術館(安曇野市)

 「安曇野市豊科近代美術館」は、平成4年に豊科地区のメイン文化施設である豊科近代美術館として開館した美術館。その後、平成17年に安曇野市豊科近代美術館に名称変更された。近代彫刻の巨匠である高田博厚の彫刻作品や、森鴎外ゆかりの画家である宮芳平の絵画作品が、その他にも、安曇野出身の作家である小林邦のデッサン、スケッチブック等も収蔵されている…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

松本城(松本市)

 松本城は、1504年に島立右近貞永が深志城を築城したのが始まりと言われている。姫路城、彦根城、犬山城、松江城とともに国宝に指定され、五重六階の天守が現存している日本最古の城である。小笠原氏、武田氏、織田氏、木曽氏、小笠原氏と支配者が変わり、小笠原貞慶が深志城を奪還したときに、深志を松本に改めたそうだ。その後、豊臣秀吉の命を受けた石川数…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

苗木城遠山史料館(中津川市)

 苗木遠山史料館は、戦国時代から明治時代初期までの苗木城の歴史的な文化遺産を保存・公開する目的で、平成2年に開館した史料館。苗木遠山家の資料を中心に、貴重な資料を展示し調査・研究が行われている。館内には、常設展示室、課題展示室、特別展示室がある。 ・設展示室 戦国時代の苗木や遠山氏による苗木城の領主の生活などが紹介される他、幕末頃…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

苗木城跡(中津川市)

 苗木城跡は、美濃岩村城主遠山景前の弟である遠山直廉が1532年に築城したと伝えられている。戦国時代に入ると、木曽の重要な拠点であることから、武田氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏の支配下になるなど戦乱に巻き込まれてきた。苗木城の石垣は、全国でも珍しい自然の巨岩がそのまま利用され、年代によって積み方の異なる石垣も見どころ。また、城跡入口付近には…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

彌彦神社(新潟県弥彦村)

 彌彦神社は、弥彦山山麓に鎮座し弥彦山を神体山として祀る神社で、越後一宮として古くから信仰を集めている。御祭神は天香山命(高倉下命)。「おやひこさま」として人々に親しまれ、初詣には毎年20万人以上の参拝者が訪れる。創建から2400年以上の歴史を持つとされ、日本最古の万葉集にも詠われている。 拝観時間   通年 拝観料  …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

水原城館跡(阿賀野市)

 水原城館跡は、揚北衆のひとり水原親憲の居城である水原城にあった館跡。水原氏は上杉謙信に従い戦っていたが、1583年に水原満家が「新発田重家の乱」で討死し、水原氏は一時断絶したが、1586年に上杉景勝の命で大関親憲が水原氏を継いで城主となったが、上杉氏の会津転封に従ったため廃城となった。その後、1746年に幕府直轄領として水原城館跡に代…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

足立美術館(安来市)

 「足立美術館」は、昭和45年に足立全康が郷土への恩返しと島根県の文化発展の一助になればという思いで美術館を創設したのが始まり。横山大観をはじめ、竹内栖鳳、川合玉堂、富岡鉄斎などの日本画の名作や、北大路魯山人の陶芸作品、林義雄、武井武雄らの童画など約1500点を所蔵している。特に、当館創設以来の基本方針である日本庭園と日本画の調和を「名…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more