テーマ:観光情報

県立明石公園(明石市)

 県立明石公園は、明石城六甲山系の西端、赤松山台地にのこる明石城跡を中心につくられた都市公園。徳川家康の曾孫で明石、三木、賀古、賀東の四郡10万石を領した小笠原忠真が、幕府と姫路藩本多家の強い支援をうけて築いた城。城跡は、明治16年に有志によって公園として開園さし、大正7年に県立公園として発足した。現在は、明石城跡、武蔵の庭園、明石トー…
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赤穂大石神社(赤穂市)

 赤穂大石神社は、赤穂城三の丸大石内蔵助、藤井叉左衛門両家老屋敷跡にある神社。ご祭神は、赤穂四十七義士並びに中折の烈士萱野三平で、明治天皇の宣旨を契機とし、明治33年に神社創立が許され、大正元年11月に創建された。その後、浅野家三代の城主長直・長友・長短の三侯、浅野家断絶後の城主森家の遠祖、本能寺の変で亡くなった森蘭丸等七代の武将が合祀…
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赤穂城跡(赤穂市)

 赤穂城は、浅野長直の指示によって1648年から13年の歳月をかけて築かれた平城。藩の家臣で軍学師範の近藤正純が設計し、そのうち二之丸門虎口の縄張は、当時の著名な軍学者であった山鹿素行の手が加えられたと伝えられているそうだ。東に千種川、南は瀬戸内海に面し、清水門の南にある船入は船が出入りできるようになっていた。浅野家は三代続いたが、刃傷…
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小諸城跡(懐古園)

 小諸城は、武田信玄のころ山本勘助らにより現在の縄張りとし、豊臣秀吉天下統一のとき小諸城主となった仙石秀久により完成されたお城。全国的にも珍しい城下町より低い穴城で、浅間山の火山灰で出来ている谷と丘を利用して造られており、崩れやすい断崖が堅固な要塞となっていた。明治4年の廃藩置県で廃城となったが、その後小諸藩の元藩士らによって明治政府か…
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知恩院(京都市東山区)

 知恩院は正式名称を華頂山知恩教院大谷寺といい、浄土宗の総本山。浄土宗の開祖法然上人が1175年、吉水の地に草庵を結ばれたことを起源とし、入寂された遺跡に建つ寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは江戸時代以降だそうだ。 三門 1621年、徳川2代将軍秀忠公の命を受け建立された。上層部の内部は、仏堂となっており、中央に宝…
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八坂神社(京都市東山区)

 八坂神社は、656年に高麗より来朝した使節の伊利之が新羅国の牛頭山に座した素戔嗚尊を、山城国愛宕郡八坂郷の地に奉斎したことに始まったと伝わる。また、一説には876年に南都の僧円如が建立し、堂に薬師千手等の像を奉安、その年6月14日に天神(祇園神)が東山の麓、祇園林に垂跡したことに始まるとも言われている。1868年5月30日付の神衹官達…
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高台寺(京都市東山区)

 1606年に豊臣秀吉の正室、ねね(北政所)が秀吉の菩提を弔うために創建。小堀遠州作庭の池泉回遊式庭園には秀吉・ねねの居城、伏見城より一部を移築し堂宇として配置されている。現在は表門、開山堂、霊屋と茶室・傘亭と時雨亭、観月台などが残されている。 拝観時間   9:00〜17:30 (17:00受付終了) 拝観料    大人…
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音羽山 清水寺(京都市東山区)

 清水寺は、778年に僧延鎮が開山し798年に坂上田村麻呂が仏殿を建立したと伝えられている。本堂は音羽山の急峻な崖に建築され、本堂から張り出した「舞台」の高さは約13メートルで4階建てのビルに相当します。これは「懸造り(かけづくり)」と呼ばれる日本古来の伝統工法で、格子状に組まれた木材同士が支え合い建築が困難な崖などでも耐震性の高い構造…
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出石家老屋敷(豊岡市)

 出石家老屋敷は、仙石騒動の中心人物である仙石左京の屋敷があった場所。出石の歴史・文化を後世に伝えるため平成2年に開館し、館内には豊岡市指定民俗文化財の大名行列槍振りの諸道具を展示している。白亜の土塀と長屋門のある屋敷で、屋敷の外観は平屋建に見えるが、内部には隠し階段が仕組まれた2階建。二階は刀を使い難くするためか天井は低く造られ、屋根…
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出石城跡(豊岡市)

 出石城は、1604年に小出吉英が有子山山麓に建築したお城。平地に堀で囲まれた三の丸が築かれ、下郭、二の丸、本丸、稲荷丸が階段状に築かれている。そして、この出石城の築城とともに城下町が整備され町並みが形成されたそうだ。明治の版籍奉還まで、小出氏、松平氏、仙石氏と城主を変えながら続き、明治時代の廃城令によって建物は全て取り壊されたが、現在…
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田辺城跡(舞鶴市)

 田辺城は1582年の本能寺の変の後、隠居したが住む城として伊佐津川と高野川に囲まれた平野部に築かれたお城。1578年に、織田信長の命によって守護大名の一色義道を打ち丹後を制圧した細川幽斎は、丹後国を与えられ宮津城を居城としていたが、京都に近く交通の要所であったこの地に新たに城を構えた。また、関ヶ原合戦では東軍(徳川家康方)についたため…
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舞鶴市政記念館(舞鶴市)

 舞鶴市政記念館は、旧海軍の倉庫として平成14年に建造された、れんが造の倉庫で、終戦まで砲銃庫として使用されていた。戦後は、市役所の第二庁舎などとして使用されたのち、平成6年に歴史や文化とふれあう、出会い、交流の場としてオープンした。 館内案内 1F 総合案内、多目的ホール、赤レンガカフェ、トイレ 2F 展示コーナー、事務所 …
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赤レンガ博物館(舞鶴市)

 赤れんが博物館は、明治36年に旧舞鶴海軍の魚雷の倉庫として建設された建物を利用した博物館。鉄骨とれんがを組み合わせた建築物として、日本に今もある建物として最も古いものといわれている。世界初の「れんが」をテーマとした博物館で、世界各国のれんがやその歴史などを展示している。 <館内案内> 1F ・世界のれんが  れんがの歴史は、今…
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天橋立(宮津市)

 天橋立は、陸奥の『松島』や安芸の『宮島』とともに、日本三景と称されている特別名勝のひとつ。宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる幅約20~170m、全長約3.6kmの砂嘴で、一帯には約8000本の松林が広がり、その東側には白い砂浜も広がっている。人が逆さになって見ると、天に架かる橋のように見えることからこの名がついた。天橋立は、展望所から…
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宮津城跡

 1580年に、細川藤孝・忠興父子によって築かれたお城。丹後守護の一色義道がこの地を支配していたが、丹波を平定した織田信長の家臣である明智光秀と細川藤孝が丹後へ侵攻し、丹後南半国が細川藤孝の所領となった。その後、細川藤孝は宮津城を築城し、勝龍寺城をでて居城とした。1600年に関ヶ原の合戦では、細川藤孝の子である細川忠興が徳川家康に従い会…
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福知山城跡(福知山市)

 1579年に、丹波を平定した明智光秀が築城したお城で、丹波の拠点として新たに城を築いたのが始まりとされている。明治時代のはじめに廃城令で取り壊され、 石垣と銅門番所だけが残されていた。その後、市民の瓦1枚運動などの熱意によって3層4階の天守閣が、 昭和61年に再建された。天守閣の内部はの、福知山の歴史を紹介する郷土資料館となっている。…
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二条城(京都市中京区)

 二条城は、徳川家康が1603年に天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするために築城。1867年には、15代将軍慶喜が二の丸御殿の大広間で「大政奉還」の意思を表明した、歴史的にも重要なお城。二の丸御殿、二の丸庭園、唐門など、約400年前の文化の遺構を見ることができる。  以下の説明は、二条城をホームページを参考にしている。…
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天龍寺(京都市右京区)

 天龍寺は、1339年に足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓国師を開山として創建した禅寺。造営に際し、足利尊氏や光厳上皇が荘園を寄進したと言われている。方丈裏の庭園は、嵐山、亀山を背景とした池泉回遊式庭園で見どころの一つになっている。 以下、説明文は天龍寺のホームページから抜粋。 ・法堂  1864年の兵火にて焼失、…
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野宮神社(京都市右京区)

 野宮神社は、野宮大神(天照皇大神)をご祭神として祀る神社で、創建は不明。野宮の場所は天皇の御即位毎に定められ、当社の場所が使用されたのは平安時代のはじめ嵯峨天皇皇女仁子内親王が最初とされている。野宮は、天皇の代理で伊勢神宮にお仕えする斎王が伊勢へ行かれる前に身を清められたところで、後醍醐天皇の時に南北朝の戦乱で廃絶するまで続いた。その…
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渡月橋(京都市右京区)

 渡月橋は、桜や紅葉の名所として知られる嵐山を流れる大堰川(桂川)に架かる橋。834~848年に、僧である道昌が架橋したのが最初である。亀山上皇が、橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と感想を述べたことから渡月橋と名付けられたそうだ。なお、現在の橋は、昭和9年に完成したもの。 営業時間   いつでも 観…
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田縣神社(小牧市)

 田縣神社の創建は不明だが、807年に編纂された古典『古語拾遺-御歳神の条-』に記載されていることから、かなり古くから存在する神社。ご祭神は、御歳神(農業をつかさどる神)と玉姫命(子孫繁栄の神)で、「子孫繁栄」「五穀豊穣」のご利益があり、商売繁盛や、良縁、子宝・安産祈願などに多くの人が訪れる。また、境内には男性のシンボルの形をした石や岩…
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浜松市姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館(浜松市北区)

 「浜松市姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館」は、姫街道を通行する旅人たちの使った道具や鑑札などのほか、町内から発見された銅鐸など考古資料類、浜名湖の漁業や遠州畳表などの産業に関するものまで幅広く展示されている。出土した銅鐸7点や、畳表として生産された藺草にかかわる資料、屋外には移築した「産屋」がある。  1階展示 「浜名湖の囲目網漁」と「…
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本陣前公園(浜松市北区)

 本陣前公園は、気賀宿の本陣があった場所の斜め前に、平成9年に建設された公園。そもそも気賀の町は、徳川家康の家臣である本多作左衛門重次により1587年に創られた宿場町で、古くからあった街道も整備され姫街道と呼ばれるようになり、東海道の脇街道として賑わうようになったそうだ。その後、1601年に徳川家康によって気賀関所が創設され、江戸の取り…
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二俣城址(浜松市天竜区)

 二俣城は、戦国時代の初頭に今川氏が築いた城館がはじまり。天竜川と二俣川の天然の堀に挟まれた、遠江攻略の要地に建つ堅牢な山城で、今川氏が衰えたあと、徳川家康と武田信玄が激しく攻防していたしょが、長篠の戦い後に徳川家康の所領となっている。また、悲劇の舞台となった場所でもあり、1579年に織田信長のもとへ家康の嫡男信康と正妻の築山殿が武田に…
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月夜見宮(伊勢市)

 月夜見宮は外宮の別宮で、「天照大御神」の弟神である月夜見尊が祀られている。内宮の別宮である月讀宮と同じ祭神で、月夜見尊と月夜見尊荒御魂を一つの社殿に合わせて祀られている。月夜見宮は、伊勢市の中心に鎮座しますが、古くは高河原と呼ばれ川の流れと農耕に深いつながりのあるお社で、鎌倉時代のはじめの1210年(土御門天皇の時代)に別宮に昇格した…
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月讀宮(伊勢市)

 月讀宮は内宮の別宮で、天照大御神の弟神である月讀尊(月の満ち欠けを教え暦を司る神)、月讀尊の魂を祭神とする月読尊荒御魂、伊弉諾尊、伊弉冉尊がご祭神として祀られている。創建は不明だが、804年の桓武天皇の時代には、祀られていたそうだ。なお、月讀宮、月讀荒御魂宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮の4社を合わせて月讀宮と呼ぶ。 拝観時間   1…
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猿田彦神社(伊勢市)

 猿田彦神社は、猿田彦大神の子孫である宇治土公宮司家が邸内社として猿田彦大神と大田命を祀ったことか始まりで、現在のような社殿を創建したのは明治時代に入ってからだそうだ。猿田彦大神とは、ものごとの最初に御出現になり万事最も善い方へ“おみちびき”になる大神で、高千穂に瓊瓊杵尊を御案内した後、天宇受賣命と御一緒に本拠地である「伊勢の狭長田五十…
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熊野那智大社(和歌山県那智勝浦町)

 熊野那智大社は、神日本磐余彦命の東征が起源で、紀元前662年に神日本磐余彦命の一行が丹敷浦(現在の那智の浜)に上陸し、一行が光り輝く山を見つけ、その山を目指し進んで行ったところ、那智御瀧を探りあて、その瀧を大己貴命の現れたる御神体として祀られた。その後、熊野の神々が光ヶ峯に降臨し、御滝本にお祀りしていたが、仁徳天皇が山の中腹にあらため…
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黒部ダム(富山県立山町)

 黒部ダムは、黒部川最上流に建設されたアーチ式ドーム越流型ダムで、186mの高さから毎秒10t以上の水量で放水される姿は豪快そのもので、放流されるダムの高さは日本一。建設工事は、そのスケールの大きさと困難さから「世紀の大事業」と呼ばれた。毎年6月26日から10月15日の間は、黒部ダムから観光放水を行っている。平成25年6月に、完成から5…
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安曇野市豊科郷土博物館(安曇野市)

 安曇野市豊科郷土博物館は、昭和54年に開館した郷土博物館で、安曇野の自然、歴史、民俗、芸術等の幅広い分野の資料が展示されている。1階展示室では、「安曇野をめぐる水と私たちのくらし」をテーマにした常設展示が行われており、農具や稲作の様子など、水との関わりあいついて、上流から下流に流れる水の流れに沿った展示で紹介されている。2階には企画展…
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